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 運転合宿予約センター
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FAX:03-3526-6465

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〜60代で合宿免許に参加された方の手記です〜

・私は63歳。東京の大手企業を退職し、この度、普通免許(AT限定免許)を取るため、東京から岩手県の陸前高田ドライビングスクール(DS)に合宿免許に参加した。秋の真っ直中だった。私の妻が、インターネットで、この教習所の「シニア免許プラン」を探してくれたのである。

1日目
東京駅発午前9時16分の東北新幹線に乗り、午前11時25分に一関駅の待ち合わせ場所に到着。教習所の教官らしき、人の良さそうな人が待っていてくれた。当日合宿に参加する人は、シニアプランには私だけだったが、レギュラーと称されるプランには若者が2名いた。一関からスクールバスに揺
られること約1時間。太平洋に面した陸前高田市の教習所に着く。教習所らしくないオシャレな校舎が我々を迎えてくれた。

お昼は新幹線内で済ませていたので、早速、受付にて入校申込書を記載し、視力・写真を撮ってもらう。視力は片眼で0.3以上、両眼で0・7以上ということだった。眼鏡をかけていても問題ないとのこと。近眼と 老眼ではあったが余裕でパスした。写真写りの悪い私は、いつもそれなりにしか写らないの
だが、緊張していたせいか、少々堅い表情で撮れてしまった。でも、この写真は、免許証に使うのではないということなので安心した。

14時10分からオリエンテーションがあった。受付の若い女性が対応してくれた。今目から仮免許試験までの予定表をもらい、細かいところまで説明してくれたが、少々緊張気味だったこともあり、頭に入らない所もあった。

しかし、まずは、今日のスケジュールと学科教習・技能教習の受け方等のアウトラインは把握出来たので由としよう。

約40分でオリエンテーションが終わり、ロビーで少し休んでいる間にこちらの状況を妻にケイタイ。15時10分から学科教習の教程1を行う。初めて分かったことだが、教習所では50分(1時限)単位で授業が進められ るのである。50分も授業を受けるなんて、学生時代以来である。最初は50分って長いだろうと思っていたが、教科書を見たり、映画を見たり、教官の話を聞いたりしていると、そんなに長いようには感じなかった。

さて、16時20分からは、いよいよ技能教習である。車の「く」の字も分からない私が、本当に車を動かせるのだろうか、大変不安に思いながら配車された車に行った。教官が待っていて一通り説明を受けた後、15分位で自分が動かす番が来てしまった(と言うのは、自分で運転したい気もするが、恐い気持ちも働いて複雑な心境だったからこのような表現になった)。

座席を合わせ、シートベルトをし、エンジンをかけ、ブレーキペダルを緩める。「アッ、動いた・動いた!」「アクセル踏まなくても動くんだ〜!」「ウッ、止めるのどうすんだっけ?」「ア〜そうだ、ブレーキだ」。教官の「アクセルを踏めばもっと速度が出ますよ。」と言うアドバイスで、アクセルを踏んだところ、スピードが出過ぎてしまった。教官の話では50キロ位出たとのこと。でも、教官が補助ブレーキで押さえてくれたのでホっとしたものだ。まあこのような感じで、最初の1時限は「アッ」と言?間に終わってしまっ た。

ロビーで1時間休んでいる間に、運転の教科書を見ながら、先程の技能教習を頭の中で復習してみた。「ウ〜ン、なるほどなぁ〜。分かるヨ」。その時初めて、教本で予習・復習することの大切さが分かった。

1時間後、再び車の運転。今度は、先程よりある程度スムーズな運転が出来たような気がした。ハンドルがチョット思うようにいかなかったが・自分としてはまずまずというところだ。ただ、左端に沿って停車するのは・感覚的に難しかった。

技能教習が終わったのが19時10分。初日は、緊張の連続だったが、やっと一日の教習が終わった。荷物を持って宿舎に移動。

宿舎は、スクールバスで10分の福田荘という民宿。この民宿は少々お年を召したご夫婦で経営している。到着したら、女将さんが出て来て、私を二階の部屋に案内してくれた。こざっぱりとした一人部屋である。民宿と言っても、昔の民宿のイメージとは大分違う。トイレとお風呂は共同だが、24時間
風呂で、疲れた身体を休めるのに充分な広さがあり、賛沢を言えば切りがないが、宿泊施設としては満足出来るものだ。

民宿福田荘は、何と言っても食事の美味さとご夫婦の心の暖かさだ、お風呂から上がり、食事をしていると、ご主人が話しかけて来た。不器用そうな性格のご夫婦ではあるが、何か、自分の家族がここにもいるような錯覚さえ覚え、初日から打ち解けることが出来た。

その夜は、慣れない仕事をした後のように、すっかり疲れてしまった部屋に戻ってテレビを見ながらウトウトしていたら、ケイタイが鳴った妻からだ。心配しての連絡らしい。単身赴任中は妻から電話がかかることは殆どなかったが、自分にも責任あるからかもしれない。ケイタイが終わり、床に就いたのは21時を少し回っていたような気がする。
 

2日目
翌朝は、少々早く目が覚めてしまった。窓を開けると、「海と貝のミュージアム」という薄茶色の重厚な建物が、私の目に飛び込んで来た。朝食時間までは間があるので、周囲を散歩してみた。ホームセンター、ショッピングセンター、野球場、室内練習場、そして、松林を抜けると砂浜の向こうに太平
洋が広がっていた。後で聞いたのだが、夏は岩手県で一番の海水浴客で賑わいを見せるとのこと。

朝食を済ませ、宿舎の前でスクールバスを待った。時間は午前8時30分。スクールバスの運転手が手を振ってくれた。教習所の教官らしい。自分を発見してくれていたのだ。教習所到着。9時10分から運転適性検査なるものを受けるため第3教室へ。当初、予定表を渡された時、この検査は何なのか、
少々気になっていた。もしかしたら、運転に適さないと言われたらどうしよう等と、いらぬ心配をしたものだった。しかし、今、考えると、運転に適しているとかいないとかではなく、自分が運転する時に、特にどのようなことに注意を払えば良いかを教えてくれるための検査だったのだ。取り越し苦労をしていた自分に苦笑した。

今日は、技能教習や学科教習があり、終わるのは16時。自分のお昼時間はは教習の都合で11時〜13時である。教習所の近くに直営の食堂がある。そこでは、日替わりでランチを出してくれる。運営はオリンピヅクの選手村等を担当しているエイム・サービスという会杜が行っているらしい。衛生面
に大変気を遣っていて、生ものには細心の注意を払っているようだ。私にとっては麺類もあり、量、味共に充分である。

今日の技能教習は10時10分からと13時10分からの二回、学科教習は15時10分からの一回だけだつたので、1日目から比べると比較的楽だった。自分は3回でも4回でも車 に乗りたいと思ったのだが、場内教習の場合は1日2時限までと決まっているのだそうだ。

陸前高田DSには、若い教習生が多かったが、空き時間もあったので、同年代の人達や若者達とも話し合ったりもしたが、世間一般に言われているジェネレーション・ギャップは感じられなかったのは、私自身、大変不思議に感じた。

「定年になって退職したら、免許を取ってね」と、妻から無理に約束され、63歳の身で、全く予備知識のない土地に1ヶ月も滞在することは、いささか抵抗あるものだったが、明るくて紳士的な教官の皆さんや受付の皆さんの応対により、私のわだかまりの気持ちが、たった2日間で、ものの見事に払拭されてしまったのである。当初、私は、「自分より若い教官に、叱られたり怒鳴られたりしたらかなわないなあ。」と思っていたが、教官は、それぞれ一人一人個性があり、紳士的で親しみを感じ、自分の心配が老婆心であったことに気づいた。

16時。本目の教習が終わった。63歳の私でも、学科教習は殆ど理解出来たのであるが、運転に関しては、ハンドルが思うように出来ず、蛇行運転しているのが自分でも分かった。速度が上がれば尚更だった。それでも教官が言うには「失礼ですが、このお歳のわりにはなかなかなものですよ。」だそ
うである。明日は、右左折が入るのでもう少し難しくなるとのこと。頑張らなくっちゃ。

スクールバスにて宿舎に戻った。夕飯までには、まだ間がある。歩いて5分のショッピングセンターに行った。結構広いお店だ。ここなら何でも揃いそうだ。夕食時間まで暇だったので本屋を覗いて立ち読みをした。宿舎に戻ると、夕食が用意されていて嬉しかった。と言うのは、退職後の自宅では、こ
れまでの罪滅ぼしのためか、夫婦二人の夕食も自分が中心となって作るハメになっていたからである。長年の妻の努力に感謝しなければ、と思ったりも した。

今日の夕食は、刺身の盛り合わせ、煮物、焼きホタテ等だ。福田荘は魚介類が主だそうだが、長期の滞在になるから、食べたい物があうたら言ってくれと言われた。気の良いオ ジサンだ。運転は少々気になるが、今夜はゆっくり食事をし、ゆっくりお風呂に入り、久しぶりにノンビリした。妻に連絡を入
れ一日のことを伝えた。

 

3日目
今日は、10時10分の学科教習からなのでゆっくり朝寝をしようと思ったが、何となく早く起きてしまった。朝食を済ませ、8時30分のスクールバスを待った。教習所に着くと1時間の空き時問があったので、ロビーにあるインターネットを使わせてもらった。会杜人間の習慣なのか、どうも、仕事に関するメールをチェックする癖がついてしまったようである。

午前中は2時限の学科教習。その後ランチタイム。午後は14時10分からと16時20分から技能教習が組まれている。自分自身にとっては、技能教習と技能教習との間が1時間あるのが助かる。受付のお嬢さんも、私が高齢なので気を遣ってくれたとは思うが、その1時間のうちに頭の中で復習することが出来るからだ。

右左折のハンドル操作が上手くいかない。特に左折は、大きく回ったり・小さく回り過ぎて脱輸したり。懸命に教えてくれている教官にすまないなあとは思いながらも、思うようにならない。その時、教官の一言。「脱輸したり、大きく回ったりするのは、全く問題ありませんヨ。例えば、脱輸しそうだ、
という感覚を覚えることも大事な学習ですからネ。」と。その一言で・どんなに救われたことか・・・。

そして、今日も一日が終わり、スクールバスで宿舎へ。チョット早いけど、今夜は先にお風呂に入って汗を流そう。部屋でゆっくりしていると、間もなく部屋のインターフォンが鳴り、女将さんから、夕食の準備が出来たという知らせ。今夜の夕食は、天ぷら、煮魚、どこで手に入れたか山菜。私は東北
の人間ではないのに、味を私に良く合わせてくれている(と言うよりも、もともと、遠くからの業者のお客様が多く宿泊するため、味は吟味しているようだ)

 

4日目
朝早く目が覚めた。このところ、目覚めが良い。夜グッスリ寝ることが出来るからかもしれない。今朝も、早朝の散歩をしよう。この前と同じように松林を抜けて、人影のない高田松原という海水浴場を歩いてみた。何しろ、岩手県は地理的に見ると、北海道を除き、目本で最東端の県だ。最も夜明けが
早い県なのだ。太平洋を眺めながらの散歩は賛沢だ。

散歩から帰って、一風呂浴びて朝食をとる。いつもながら、福田荘の朝のみそ汁は最高だ。東北は味が濃過ぎるという噂だったが、そんなことはない。今日も一日頑張るゾ、という気にさせる。いつもの時間にスクーノレバスで教習所に向かう。今目で4目目だ。退職した後は、定時にどこかへ出かけるようなことはなかったので、定時に出杜するような感じで何となく懐かしい。

教習所について、学科の勉強をしようかと思ったところ、若者達が備え付けのパソコンで練習問題をやっていた。彼らにやり方を教わりながら試してみた。若者達が手こずっていたので、自分も不安だったが、それ程難しい問題ではなかった。普段の学科の勉強が功を奏したのであろう。何となく優越感
を感じた。今目は、学科教習が2時限、技能教習が2時限、昼時間は2時間たっぷり取ってある。終わるのは17時10分だ。この目の2時限目で右左折の感じが掴めて来たように思 う。速度を下げて、ゆっくり操作することを心懸けたためかもしれない。教官も褒めてくれた。

教習所に来る前は、噂で、ハンコをもらったとか、もらわなかったという話しを良く聞いたものだったが、陸前高田DSでは、ハンコを押すということはない。項目をマスターしたかどうかは、教習手帳の教習項目にチェックされたかどうかと、復習項目に項目の番号を書かれたかどうかで判断するのだ。
今目の技能教習は、自分でもある程度出来たように思った。案の定、復習項目に記載されていなかった。帰りのスクーノレバスは気分が良かった。

☆福田荘に戻り、妻に連絡を入れたが留守だった。チョット時間的に早いのか…。近くのショッピングセンターで、散歩用の靴を買いながら店の中をぶらぶらした。パン屋さんの良い匂いがしたが、美味しい夕食が待っているので我慢した。夕食後、もう一度自宅に電話を入れたところ、また留守だったのでケイタイに入れた。「どうしたの?」という返事。「心配してたんじゃないかと思ってサ。家に電話したら留守だったんでどうしたのかと思って」と言ったら、「今、娘の家で孫達と一緒に食事していたの。」と言う。そして、娘との長電話が終わったのは何時頃だったろうか。

 

5日目
今日は11時10分からの教習なので、10時30分のスクールバスに乗ることにした。それまでの時間、下着類の洗濯をしようと思ったからだ。近くにはコインランドリーもあったが、宿舎にて洗濯機も使える。スクールバスの送迎まで時間があったので、洗濯機を使わせてもらった、単身赴任時代を
思い出した。

11時10分からの学科教習を受け、ランチは山菜そばと五目ご飯だ。食堂には合宿生が10数名。いつも彼らと一緒に昼食をとる。マネジャーが話しかけて来た。「進み具合はどうですか?」。私は、「若い頃とは違い、物覚えが悪くて困りますヨ。」と答えた。本当にそう思った。両手・両足が自分の物でありながら、思ったように動かすことが出来ない。「もう少し若かったら・・・。」

今目の技能教習は、狭い道路の通り方だ。これがなかなか難しい。気心が通じて来たことも手伝って、「先生!何でこんな所を通らなけれぱならないの?」「実際の道路はこんな所ないんじゃないの?」と訊くと、教官が笑って言ってくれた。「そうですね。でも、これは上手に通るためのものではなく、ご自分の車両感覚を養うための材料ですからネ。ゆっくりとやってみて下さい。」と。結局、このクランクとS型コースに2時限かかってしまい、今日一日を費やした。

福田荘に帰ったら、女将さんが「お帰りなさい!今夜は、なべえつぐってえみだけど、すぎだべが?」と。それ程の詑りではないので理解できる。夜は少々寒くなって来たところへ、鍋は最高である。お酒は苦手な私でも、熱燗が合うだろうなあと思ったりもする。
 

6日目
今日の技能教習からは、進路変更を含め合図や確認が必要になってくるらしいことを昨日の教習が終わった後に説明された。コースを覚えておくように言われていたので、教習所に少し早めに行って、教習手帳にコース図面を書き写すこととする。コース図面は3コースあるが、1回目のコースだけで良いらしい。

今日は、オートマ車特有の事故を説明されたり、キックダウンなるものを体験した。直線では40キロ出せば良いことになっていたが、60キロも出たようで少々ビビツた。アクセルを一気に床まで踏み込むと・身体が置いておかれるようだった。これに関しては問題なくクリアしたが、車の操作に加えての確認だとか合図は、なかなか上手く行かなかった。確認や合図を意識するとハンドルに注意が行かなくなりふらつきが多くなったりした。同時期に色々なことが重なって来る。運動神経は悪くないつもりでいたが、運動神経と車の運転とは関係ないのだろうか。

学科教習が15時で終わり、福田荘に帰る。夕食までの間、明後目の仮免許試験の模擬テストに備えて教科書を勉強する。学科は、考えることよりも暗記することの方が多い。常識で分かることもかなりあるので、老いたるとは言え、それ程苦労には思わない。明日は、問題集をやろうと思う。一段落し
たところで、一風呂浴びる。風呂に入りながら、今夜の夕食は何だろう等と想像する。夕食が楽しみになっている自分に気づく。今夜の夕食も美味しく頂くことが出来た。

 

7日目
このと二ろ朝食前の散歩が日課のようになっていたが、今朝目が覚めたら雨。朝食まではまだ間があるので、惰眠をむさぼることにした。スクールバスの時間は10時30分だから、たまには朝寝も良いだろう。☆少々遅い朝食を済ませ、自分の部屋で今日走るであろうコースを予習した。
「発着点からスタートしたら直線を40キロ。外周を回って1番の交差点を右折だから、その前に車線変更し、センターラインに寄せる。その場合・安全確認と合図をして・・・。」と、頭の中でイメージを作る。これが大切だと教えられた。

女将さんが貸してくれた傘を差しながらスクールバスを待った。今日は、技能教習が2時限、学科教習が1時限。1段階の学科は全部で10時限受けることになるが、今日で学科は全て終わることになる。明日からは模擬テストを除くと技能教習だけになる。予定表を見ると、お昼休みを挟んで技能教習が組まれている。時間的には余裕が出て来るようである。

早く仮免許試験まで行きたいと思っても、1日2時限までしか乗れないのは辛いが、法律である以上仕方がない。教官からは「私達も頑張るから、焦らないでじっくり習得しましょう。」と言われているが、自分自身の習得具合が歯がゆい。結局、今日の項目は復習になってしまった。ワイパーのせいにしておこう。そうそう、雨が降っていたので、今日の技能で初めてワイパーなるものを使った。ワイパーは3段階になっているのだそうれそれも・実 際に使って初めて分かるのだ。何事も体験に勝るものはないということか。助手席に乗せられている時は感じなかったが、以外に邪魔だ。

夕食後、久し振りに妻に電話してみた。と言っても3目振りなので久し振りではない。でも、何となく話してみたくなったからである。妻は電話の向こうで、「私もいま電話しようと思ったのヨ。」だってさ。本当かよ。

さあ、いよいよ明目の9時10分から模擬テスト。復習の意味で、もう一度教科書を勉強した。50問出て45点以上が合格。たぶん、大丈夫だろう。雨は絶え間なく降り続いているようだった。

 

8日目
目が覚めて窓を開けると、真っ青な空が広がっていた。清々しい気分になる。今朝も朝食前の散歩に出る。新しいウオーキングシューズ(単なるスニーカーだが)が心地良い。約30分の散歩は、コースを決めずに気の向くまま歩く。

朝食後、いつものようにスクールバスを待つ。教習所に着いて、すぐ模擬テストの始まる教室へ。今の時期は、教習所も生徒が少ないようで・模擬テストの教室も6名だけだ。30分で50問を解く。時間が余ったが慎重に読み返した。結果は47点、45点以上が合格点なので問題ない点数だが・自分としては、学科は自身があり、満点だと思っていただけにショックだった。
問題をもう一度確かめると、単なる勘違いで間違ったものもあった模擬テスト担当の教官からは、1回で合格したことを褒められたが残念だ。この模擬テストが合格しないと仮免許試験が受けられないらしい。そのため、2回も3回も受ける人もいるという。

技能教習は、昨日のコースを走行後、もう少し長目のコースを走った駐車車両をよける時も合図が必要なのだそうだ。一般の運転者は・そんな時合図を出していないけどなあ、と思いながらも、教えられた通りに行う。また、信号の青色の時が嫌だ。何故なら、いつ黄色に変わるか分からないからだ。
ルール的には、黄色になったら止まらなけれぱならないそうだ。今日も項目を終わることが出来ず、復習になってしまった。難しいなあ〜。

陸前高田DSは町の中心街から少々離れている。気晴らしにサイクリングよろしく、自転車を借りて(教習所では無料で貸し出している)中心街まで行ってみた。ゆっくり走っても、自転車で約15分の距離だ。中心街と言っても、人口25,000人の小さな町。交通量も決して多くない。陸前高田DSの教習車がやけに目立つ。コーヒー好きの私としては・美味しいコーヒーショップがあれぱと思ったが、見あたらない。誰かに尋ねても良かったが、面倒だったので止めた。

宿舎に戻って、コーヒーショップの場所を尋ねたが定かではなかった。仕方がないので、持参して来たコーヒーを入れることにした。教習所にも自販機が数台あるが、私としては 、ある程度コーヒーにこだわりがあるので、自販機は日頃より利用しない。福田荘でも、「コーヒーでもどうだべ。」と言って
くれるのだが、丁重にお断りしている。


 

9日目〜14日目
教官から、「町の中の地理が分かっていた方が、路上に出た場合走りやすいと思うので、今のうちに時間を見つけて歩いてみてはどうですか?」というアドバイスがあり、自転車を借りて町の中を走る。

技能教習は所内の総合コースになっていた。1段階の「みきわめ」が終わらないと、修了検定を受けることが出来ないのだそうだ。実は、前に説明されていたが、路上に出るまでにはハードルが二つある。一つは修了検定(技能)というものであり、二つには修了検定を合格した人だけが受ける仮免許試験(学科)がある。このハードルをクリアすれば、仮免許がもらえて・路上に出ることが出来るのである。ところが、「みきわめ」が難しく、自分もなかなかもらえないので足踏みしている。

しかし、14日目に教官から、明目「みきわめ」を行うことを告げられむ大分上手になったということらしい。と言うことは、明後日は修了検定が受けられるということなのだ。気分を良くして福田荘への帰路につく。


 

15日目
今日は2時限の技能教習だけだ。10時10分からと13時10分からの2回。1回目で、もし「みきわめ」が終わらなかったとしても、2回目では何とかなるだろう。

いつものように早朝の散歩、朝食、そしてスクールバスを待つ。「今から緊張してどうすんだ!」と自分に言い聞かせる。スクールバスの運転は、教官が日替わりで行うようだ。今日の教官は、いつもニコニコしていて好感の持てる人だ。断っておくが、陸前高田DSの教官は親しみの持てる人ばかりだ
が、中でもということである。

昨夜、コースのイメージトレーニングをしたのである程度自信はある。どんな教官でも大丈夫だと思う。いざ「みきわめ」。自分としては順調に走行している。まずまずかナ、と思ったが、思わぬ落とし穴が待っていた。S字コースで脱輸。おかしい、そんな筈はない、と言ってみても事実だ。もう一度試みる。今度はいいようだが、自分としては納得がいかない。修了検定で落ちてはどうしようもないと思い、教官に話し、「みきわめ」の合格を次の時 間に掛けることにした。その結果、2回目は納得いく通り方が出来た。あの脱輪は何だったんだろう・・・。

「みきわめ」が終わり、明日の修了検定の申し込みを行う。受付嬢からの「学科も勉強しておいて下さいネ。」という激励のアドバイス。ありがたかった。


 

16日目
いよいよ修了検定の朝だ。朝食を終え出がけに、福閏荘のご主人夫婦が激励の見送り。何となく照れ臭い。

教習所に着くと、早速、教室に入り検定の説明を聞く。受検者は5名。オー トマ車は自分だけ。そして、スクールバスでコース案内。嫌なコースに当たったと思った(実際はそれ程変わらないが)。昨日脱輪した方のS字コースだ。

最初にマニュアル車をやり、続いてオートマ車だ。自分の後ろに別の受検者を乗せることになる。公平を期するためなのだろう。内心は心臓がバクバクしていたが、表に出さず(実際は出ていると思うのだが、自分ではそのつもり)、運転席で深呼吸。教官が、「コースは指示しますから心配しないで運転
して下さい。用意が出来たらスタートして良いですよ。頑張って下さいネ。」と言ってくれた。嬉しかった。

緊張していた割には、殊の外上手く運転できたような気がした。最後まで走って発着点に戻り降車した後、教官から「大分緊張していましたね。でも、慎重に運転していて良かったと思いますヨ。ただ、交差点等の安全確認をもう少ししっかりして下さいネ。」とのアドバイス。もしかしたら、不合格かな?ロビーに戻ってから考えてみたが、自分がどのような運転をしたか全く覚えていない。困ったものだ。

暫くして合格発表。何と、全員合格。若者達は、飛び上がつて喜んだり、抱き合ったりしていた。自分もそのような心境だったが、少々照れがあった。
早速、視力を計った後仮免許試験だ。自信があったが、30分の仮免許試験が終わり、発表。多少の不安の中で合格発表を見る。見事合格。「ついにヤッタ!」。でも残念ながら若者の一人が不合格になってしまった。オジサンから慰められてもどうなるものでもないが慰めざるを得ない。

仮免許が交付されるのが16時過ぎ。14時10分から学科を2時限受けることになる。それまで時間があるので、妻に連絡した。食堂で昼食をとりながら感激に浸っていると、マネジャーが声を掛けてくれた。スタヅフの皆さ んが自分のことを気に掛けてくれている。彼らの暖かい気持ちが嬉しかった。

当日、16時20分から初めての路上である。日が短くなり、周りは暗くなってきた。最初に、シートベルトの効果を体験するマシーンに乗車した。少々恐かったが、シートベルトの重要性を認識した。そして、運行前点検の後に路上。ライトの早め点灯が大切だと教えられたので、まだ少々明るかつたが
ライトをつけた。秋の日は釣瓶落としと言われる通り、あたりは間もなく暗くなった。そのためか、教習所の道路より道幅が狭く感じた。対向車のライトが眩し過ぎる。少々ビビリながらも、「危ない時は何とかするから安心して下さい。」という教官の言葉を信じて運転する。比較的交通量の少ない道路を選んでくれた教官に感謝。それでも、左側が危なくなって、教官にハンドルを取られるシーンもあった。

無事、教習所に帰って来てホッとする。「スピードオーバーしないで走るように」という教官からのアドバイスに、そう言えば、スピードメーターを見ていなかったことに気づく。勿論、標識も見ていなかったようだ。40キロの所もあれぱ、60キロの所もあったらしいが、走ることに精一杯だったので気が向かなかった。そう言えば、「今は何キロで走ってますか・」と尋ねられたことがあった。

ロビーに戻り、同じ仲間(今では、若者達も仲間だ)と情報交換する。ビビッて走っていたのは私だけではなかったことに安心した。1時限休んでまた路上運転だ。

さあ、2回目の路上だ。運行前点検をし、エンジンをかけ、ライトをつけ、教官の指示により出発。あたりは真っ暗だ。さっきよりもドキドキする。繁華街を抜け、バイパスを走った。片側一車線のバイパスは交通量も多いが、比較的走りやすいように感じた。さっきもそうだったが。ライトの上向き下向きが上手く出来ない。こんなに不器用だったろうか。今回も何とか無事帰ることが出来た。ハンドルを教官に取られることはなかったが、自分のような運転につき合ってくれる教官は尊敬に値する。

福田荘に帰ったら、女将さんが「今日は仮免に合格したんで、お赤飯を炊いておいたから」と言ってくれた。一瞬、何で知ってるんだろうと思つたが、教習所の人が知らせてくれたのだろう。みんなで私のことを応援してくれていることに胸が熱くなった。

朝から緊張しっぱなしの長い一目が終わった。充実した一日だった。身体は疲れていたが、心地よい疲れとはこのようなことを言うのだろう。「明目は温泉に一泊かあ」と独り言を言いそうになる。

今日の教習は技能だけだ。項目には進路変更もある。安全確認や合図が上手くいかない。今まで気にならなかったが、以外に駐車車両が多い。自転車も邪魔だ。自分が自転車に乗っている時も、ドライバーは運転し難かっただろうと思う。人の振り見て我が振り直せとは良く言ったものだ。進路変更は復 習になった。

教習は14時に終わり、これから温泉(教習所から車で15分の所にある)に行くことになった。教官が案内してくれることになったが、温泉直行は面白くないと言うので、近くを観光することになった。箱根山(駅伝で有名な山ではない)からの見下ろすリアス式海岸は素晴らしいの一言また、岬の突端にある碁石海岸は、奇妙な岩が散在していて一見の価値がある。

「玉ノ湯」という温泉は、人里離れた山の中にある。古の昔、金山があり、中尊寺の金色堂はここからの金で作られたそうだ。今でも金は採れるらしいが、採算が合わないとのこと。教官と別れ、一人ノンビリ温泉に浸かる。地元の湯治客が何人かいる程度で、私の貸切かと思う程だ。大きなお世話だが、良く経営していると思う。温泉に身体を沈めていると、「しずけさや〜・・」と一句出そうな雰囲気。本当に静かだ。

 

18日目
早朝、また温泉に入った。昨夜より何度目になるだろうかこんなに何回も入るのは、生まれて初めての経験ではないだろうか。兎に角気持ちが良い。教習所の勉強以外に何もすることがないからかもしれないが、兎に角、気持ちが良い。「い一い湯だナー♪」。昨夜の夕食と同様、朝食も悪くはなく、満
足度は80%以上だ。

教習所でも気を利かせてくれたのか、今目の教習は11時10分からだ。ゆっくり朝食をとり、周りを散歩しているうちに、教習所の教官が迎えに来てくれた。今日からは自分の教習が立て込んでいてチョヅト忙しくなるらしい。
11時10分から技能教習があり、昼食を挟んで、学科や技能で連続4時限の教習がある。でも、温泉に浸かって英気を養ったので・これからもガンガ ン頑張れると思う。
 

19日目〜28日目
技能教習では、市街地での停車の仕方、自主経路設定と称し・教官から行き先だけを指示され、後は自分で道路を選んで走行する方法・車庫入れや縦列駐車、雪道等でのスリップの体験(滑りやすいコースが設置されていて・実体験なので臨場感があり、納得せざるを得ない)、シミュレータによる危険予知の訓練等を行った。高速道路の教習は、近くに高速道路がないので、教習はシミュレータを使って実施することになる。残念なような、ラッキーなような、複雑な心境だ。

学科教習では、普通の学科の他に、3時限の応急救護も行った。まるで消防士になった気分だ。これなら妻にも教えることが出来そうだ。また、技能と学科をセットで行う教習もあった。

卒業検定を受ける前の模擬テストもあった。100点満点で90点以上が合格だ。これに合格しないと卒業検定を受けることが出来ないことになっているらしい。理由は、教習所を卒業すると、各都道府県の試験場に行って、本免試験を受けることになるが、1回で合格して欲しいという親心からだそうだ。50分で95間を解くのだが、そんなに難しくはない問題だ。私は1回目の模擬テストで95点を取り合格。ところが、3回も4回も掛かっている若者も多かった。オジサンだって努力しているのに、若者は努力しようとする気持ちがなさそうだ。勉強すれぱ出来る筈なのに。

この10日間ほど、雨の日以外は市街地を自転車で探索。以前、教官から言われた通り、地理に精通している必要があると考えたからだ。そのお陰で、標識は勿論のこと、どのような交差点か、目印となる建物は何か等、充分把握することが出来た。自主経路も、最初に比ベミスコースすることなく走行することが出来るようになった。



29日目
昨日、最後の技能の時間に、教官から、あと2時限位で「みきわめ」が受けられそうだと言われた。あと2時限と言うことは、今日の2時限目が「みきわめ」ということか。いつものように、早朝の散歩をし、朝食をとり、いつもより遅めのスクールバスに乗った。

11時10分からと13時10分からの技能教習だ。1時限目に乗って、上手く行けぱ、教官から「次ぎ「みきわめ」」と言われる筈だ。教習所を出発する前に、教官から「車庫入れと縦列は大丈夫ですか?」と尋ねられたので、「ある程度自信はあります」と答えた。バックが苦手という人が多い中で、どういう訳かバックだけは上手く行っていた。「では、路上を早めに切り上げて、1回位バックの練習をしてみましょう。何故かと言うと、卒業検定の時に最初に路上を行い、それに合格した人だけがバックを行うんです。もし、バックで失敗しなければ、もう合格したようなものなのですが、もしそれに失敗して不合格になったら、次回の検定で、もう一度路上から行うことになるからです。」と教官から言われた。

教官に路上での停止場所を指示され、自分の意志でルートを設定。自分ではスムーズに走ったつもりでいた。停止場所も大丈夫だと思う。実は停止場所がミソだ。何故なら、例えばバス停から何メーター以内とか、交差点から何メーター以内とかは停車出来ないからだ。どこが駐車禁止で、どこが駐停車禁止なのかを把握しておく必要があるからだ。これらは、以前から自転車で探索していたのでバッチリだ。

それ程注意もされないで教習所に戻り、バックは車庫入れから行った。左右のどちらからも入れるのだ。実は、車庫入れとは言わないで、本当は方向変換と呼ぶのだそうだ。中にバツクで入るだけでなく、出て来なければならないからだ。自分の出来としては脱輪しないで出来たので、まずまずというと
ころか。次ぎに縦列駐車だ。上手く入らない。自信があったのに、何故だろう。理由を教官に教わり、2回目は上手く入った。次の「みきわめ」が恐い。

教官からは、「慎重に運転していたし、ミスコースすることなく走れたので良かったとは思いますが、信号機のある交差点での左右確誌をもう少ししっかり行って下さい。」と路上の注意があり、次の時間はrみきわめ」ということになった。

昼食を取った後、教本を見ながら縦列駐車を復習しれいよいよ「みきわめ」の時間だ。緊張が走る。先程と違い、最初にバツクだ。縦列駐車。前回の教官のアドバイスを思い出しながらゆっくり行う。「ウ〜ン、上手く行った。」と納得する。次は、方向変換を左右。まずまず出来た。そして路上へさっ
きの注意を思い出す。

教習所に帰って来て、○○号車の駐車場所に自分で入れる。いつもそうだが、陸前高田DSでは、路上から帰って来ると、教官ではなく生徒さん達が入れるのが常のようだ。そのためかどうか、車庫入れは大分上手くなるようだ。
駐車場所に納め、教官の注意を聞く。自分は慎重な運転をすることが良いらしい。停車場所はもう少し左端に寄るようにするともっと良いというアドバイスで、「みきわめ」は無事通過。車を降りて受付へ。明日の卒業検定の申し込みをする。受付嬢から、「明目は9時集合ですので、荷物を持って来て下さい。」「合格したら、その日は一関の方の温泉に一泊です。」と言われた。

宿舎に帰り、妻に連絡。特別な事情はなかったが、早く帰って来て欲しい様子だった。でも、明日合格したら温泉に一泊させてもらえると言ったら、「私も行く!」と言われた。「うん、合格したらネ」と答えておいた。もし、合格したら、福田荘も今夜で終わりだ。約1ヶ月、長いようで短い1ヶ月だ。
明日受かるかどうか分からないけど、今夜のうちにきちんと挨拶しておこうと思った。茶の間で夕食を頂きながら、ご主人夫婦とこの1ヶ月の思い出を話し合った。話しが尽きなかった。さあ、明日はいよいよ最後の検定だ。荷物をまとめ、早く寝よおっと。

 

最終日
最後の早朝の散歩も終わり、朝食を済ませ、ご夫婦に最後のお別れを言い、スクールバスを待つ。ご夫婦がわざわざ見送りに出てくれた。間もなくバスが到着し乗り込む。ご夫婦が手を振ってくれた。また戻って来るかもしれないが、目頭が熱くなった。「よ〜し、頑張るゾ。」

教習所に到着。すぐ検定説明の教室に行く。受検者は大型二種の人を入れて5名と少ない。卒業検定の説明は少々複雑だ。課題のコースと自主経路のコースがあるらしい。両方合格した後で、教習所に帰って来て、自分の場合は、右からの方向変換をやることになる。内心、縦列駐車じやなくて良かったと思った。でも、路上が合格しないとバックは出来ない。

自分の番が来た。検定のコースは、今まで走ったことがない道路である。しかし、かねてから町の中を自転車で何度も走っていたので、頭の中ではシミュレーションが出来ている。メチャメチャ緊張していたが、路上は何とかクリア出来たようで、バヅクもさせてもらった。自分ではミスが少なかったと
思うが、検定を終わった後、教官からアドバイス。「方向変換を出る時もシートベルトは忘れないでネ」。ショック。

いよいよ合格発表。白板に合格者の番号が書き出されるのだ。自分は何番だっけ?そうそう、1番だ。1番は・・・、あった!合格だ。「ついにヤツタ〜」。14時から卒業式もあるらしい。早速、妻に連絡。妻も喜んでくれ、今夜宿泊予定の「いつくし園」という温泉旅館で待ち合わせることにした。

食堂にて、マネジャーに挨拶しながら昼食を頂く。今日はカレーライスとスープにデザートだ。ようやく卒業出来ると、しみじみ思った。それと同時に何となく寂しさを感じる。だって、1ヶ月も暮らした所だヨ。しかも毎日欠かさず通った教習所だヨ。寂しくない訳がないではないか。

教習所の受付に荷物の宅配をお願いし、14時からの卒業式に臨んだ。管理者という人から、それぞれの卒業生に対し、卒業証明書が授与され、その人から挨拶があった。免許証は、一度手にすれば一生物だから大切に使って欲しいという話しだった。そして、受付嬢から、卒業証明書等の書類に間違いがないかを確かめる旨と、注意事項を説明されて終了した。

陸前高田DSの人々と別れを惜しみながらスクールバスで一関、他の合宿生は一関駅で降り、私だけが温泉に送ってもらった。「いつくし園」で送って頂いた教官と別れたが、その間、教官とは色々な話しが出来て嬉しかった。
「いつくし園」は、なかなか上品な旅館だ。私としては、こんな立派な旅館に泊まらせてもらって嬉しいのだが、陸前高閏DSでは採算が合うのだろうかと不安に思う。

部屋に案内され、早速、温泉へ。いい湯だ。何か充実感が自分を一杯に覆っているのに気づいた。この満足感は一体何なんだろうか?お湯に浸りながら、陸前高田DSに入学した1ヶ月前から今日までを振り返ってみれ本当に長いようで短かった1ヶ月間だった。そして、二度と経験することの出来ない
1ヶ月間だった。運転免許を取るという目的があり、自分でも本当に努力したという実感はあった。しかしながら、自分の63歳の人生の中で、こんなにも勉強になり充実した1ヶ月があったであろうか、と自問自答してみた。

このような貴重な体験が出来たことを陸前高田DSの皆さんや福田荘のご夫婦に感謝しなければならないと思った。それと同時に、明るく紳士的な教官、にこやかに応対してくれた受付のお嬢さん、気楽で住み良い民宿とご夫婦、そして、目的を共有する生徒さん達、多くの皆さんの支えがあったからこそ自分も頑張れたのだろう。お湯に浸りながら自然に涙が溢れた

こんな機会を与えてくれたのは妻だったのだから、妻にも感謝になければならない。風呂から上がると、一関に着いたという妻からの連絡。今夜は・妻に聞いてもらいたい話しがいっぱいある。夫婦水入らずで、美味しい夕食を 食べることにしよう・・・

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